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1第十九国立銀行について-1第十九国立銀行について-1第十九国立銀行跡(現在の八十二銀行上田支店)を示す説明文。第十九国立銀行は、1877年(明治10年)、長野県の佐久地方の豪商であった黒沢鷹次郎らを中心に設立され、養蚕、生糸事業を中心に事業を拡大した。明治から昭和の初めに至るまで、長野県はわが国の生糸生産量の約3割を占め、外貨獲得に多大に貢献するが、第十九国立銀行は、金融面において生糸商人を支え続けた。2020-06-16
2吉田原古墳吉田原古墳 蒼久保地区みすず台にある古墳で、墳丘や内部の石室の状態がほぼ完全に残っている。  現在は団地の中の古墳となっているが、もともとは神川が千曲川に合流する東側の段丘上の見晴らしの良い場所に造られた古墳である。2020-06-12
3大蔵京古墳大蔵京古墳秋和地区の北側にそびえる虚空蔵山南麓の傾斜面に自然の地形を利用して造られた古墳。古墳の形は方墳とされているが、かつては双子塚とも呼ばれたことがあり、前方後円墳と見られた時期もある。  古墳の東隣には、江戸時代に神社の社殿が造られたり、古墳の頂部には日露戦争戦没忠魂碑が建てられている。上田盆地では、今のところ最も古い古墳と考えられている。2020-06-12
4他田塚古墳他田塚古墳 塩田平を望む下之郷の東山山麓の南西斜面にある、下之郷古墳群の中心的な古墳。この古墳には、信濃の古代豪族である他田氏に関係した古墳との言い伝えがある。古墳の平面の形は円墳で、南西部に入り口がある横穴式石室をもった大きな古墳である。2020-06-12
5生島足島神社生島足島神社 生きとし生けるもの万物に生命力を与える「生島大神」と、生きとし生けるもの万物に満足を与える「足島大神」の二神が祀られている古社。  創建の年代は明らかではないが、神代の昔に、建御名方富命(たけみなかたとみのみこと)が諏訪の地に下降する途すがら、この地にお泊まりになり二柱の大神に奉仕し、米粥を煮て献ぜられてたと伝えられ、その故事は今も御籠祭という神事として伝えられている。2020-06-12
6旧宣教使館旧宣教使館 旧宣教使館は明治37年に、カナダ・メソジスト派新参町教会の婦人宣教師の住宅として建てられた。  この建物には、イギリス系の開拓者によって成立した「アーリー・アメリカン様式が用いられている。2020-06-12
7生島足島神社生島足島神社上田市の有名な神社 大きな池もあり独特の雰囲気を醸し出している。 ポケモンGOのジムにもなっている。2020-06-07
8上田城趾公園上田城趾公園ここは上田城。 戦国時代に真田家が本拠地とした城であり、現在では天守閣のない城跡となっています。 美しい桜やライトアップなど、上田の観光名所の一つでもあります。2020-06-01
9上田城上田城初めて上田城に行ってきました。コロナの影響にもかかわらず、かなりの人がいてびっくりしました。石垣や建物に歴史を感じました。2020-05-31
10生島足島生島足島早朝、4時過ぎの生島足島神社。 人影も車通りも無く。静謐な雰囲気を味わえた。 「早起きは三文の徳」を実感できて満足だ。2020-05-29
11小泉大日堂の表参道小泉大日堂の表参道小泉大日堂のある高仙寺は、征夷大将軍坂上田村麻呂が東夷平定の帰陣の際に建設を始め、806年(大同元年)に竣工したと寺の沿革の説明板には記されています。現在、大日堂に行くには車で「裏参道」を通るようになっています。すると「表参道」があるはず。その表参道がどうなっているのかに興味を引かれ、表参道を途中まで歩いてみました。 この集落は実に古い。全体が傾斜地にあり、家々に石垣が築かれています。しばらく集落沿いの参道を進むと寺の並木参道に出ました。杉並木が整然と立ち並び、印象的な景観です。この参道並木は市指定記念物となっています。2020-05-27
12上田城上田城日本百名城 二十七番・日本夜景遺産に認定されている。 桜の時期は花見に最適で夜景も綺麗。イベントも行われていて楽しい。2020-05-27
13生島足島神社生島足島神社生島足島神社は、長野県上田市下之郷にある神社。式内社。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社(ウィキペディアより引用) 日本の中央にある神社として知られる神社。年初めにおみくじを引きに行ったが、巫女さんが優しかった。2020-05-26
14秋葉神社秋葉神社二子塚古墳の隣にある神社です。御祭神は火之迦具土神です。二子塚古墳の存在は知っていましたが、神社の存在は今回初めて知りました。草が茂っていたのと神社が古かったため、少し不思議な空気感を感じました。また草が茂っていますが、人が歩ける道があり、誰かが手入れをしてくれたり、参拝をしている人がいまでもいることも感じられました。2020-05-26
15上田市に古墳?(二子塚古墳)上田市に古墳?(二子塚古墳)前方後円墳です。はっきりと形が残るものは小県策地方唯一であり、大変貴重とされています。発掘調査が行われていないため、内部の様子は不明ですが墳時代中期のものとされています。発掘調査が行われていないため、全貌が見られず残念ですが、どちらが前方部でどちらが後円部なのかを考えてみると楽しかったです。また、上田市に古墳があることはあまり知られていないため、もっと多くの人に知ってもらえるといいと思います。2020-05-26
16弥栄神社弥栄神社大星神社の拝殿の左奥にある神社です。創建時代は不詳ですが、宝永8年(1711)4月再建の記録が残っています。周りの柵が新しくなっていたため、柵だけ浮いてるように感じられました。大星神社の奥にあるため、気づかない人も多くいると思います。2020-05-26
17大星神社大星神社創建時代は不詳ですが、第60代醍醐天皇延長2年(924)に社殿を改築された記録が存在しています。御祭神は、事代主命・建御名方刀美命・前八坂刀売命です。秋にはお祭りが開かれるため、賑わいを見せます。自然が豊富でその場にいるだけで、力を貰える、パワースポットのような雰囲気を感じられることができます。境内案内板が古く、一部読むのが困難な箇所がありました。また以前は、ゲートボール場があり、ご老人の遊び場となっていたのですが、いつの間にか駐車場になっており、時間を感じさせられ少し寂しい気持ちになりました。2020-05-26
18崇福山 安楽寺崇福山 安楽寺信州最古の禅寺である安楽寺の池です。別所の湯で出会った幸村と左平次はこの寺で語り合い、最後の時まで続く2人の友情はここから始まったとされています。 その境内の中にとても美しい池があります。牡丹と鯉がとても良い絵になります。2020-05-26
19生島足島神社生島足島神社「生島大神」と「足島大神」の二神が祀られ、摂社(下社・下宮)には諏訪大神が祀られる信濃屈指の古社です。高齢の木や池があります。池があるからなのか、かもがいました。2020-05-26
20上田のシンボル 上田城上田のシンボル 上田城上田市のシンボルとも言える上田城は真田信繁(幸村)の父、真田昌幸によって築城されました。 第一次・第二次上田合戦で徳川軍を二度にわたり撃退した難攻不落の城として知られ、あのサマーウォーズのモデルにもなっています。 現在は花見や観光、ウォーキングの名所として広く親しまれています。2020-05-26
21生島足島神社生島足島神社生島足島神社へ行ってきました。神社の名前はよく聞くのですが、今まで行ったことがなかったので、気になって行ってみました。 生島足島神社は大きな池が特徴的な神社で、鳥居をくぐると池の上に社が建っていました。 池では鯉や鴨が泳いでいて、芝生で休んでいる鴨の姿もありました。 境内にはもの凄く独特な御神木がありました。印象に残る姿形をしていたので、思わず写真を撮ってしまいました。2020-05-26
22真田神社真田神社立派な鳥居の真田神社。上田市民のお散歩コースの一角になっている。上田城跡公園内にあり、境内には真田井戸と呼ばれる井戸がある。 歴代の上田城主を合祀し上田城跡守護の由緒ある神社として地域住民に愛されている。 大学入学を祈願し、ここを訪れることも。 神社としての威厳を保ちつつ、現代要素も感じる。2020-05-26
23みすゞ飴本舗みすゞ飴本舗大正13年に設立された上田本店は、国登録有形文化財に指定されています。 信州の高原でとれる旬の果物の味を生かしたゼリー菓子や、無添加の四季のジャムなど、おいしくてユニークな加工品を販売しています。 上田駅のすぐ前にあり、内外とも魅力的な建物で、一見の価値があります。2020-05-26
24上田城跡地上田城跡地かつて上田城があったと場所です。敷地内には真田神社や上田城本丸跡、博物館やスポーツの競技場等があります。多くの人でにぎわう場所であり、上田城や真田の歴史について学ぶことができます。 4月には上田城千本桜祭りが開催されます。他にも上田真田まつり・上田城紅葉まつりというイベントが開催されています。 周りが自然に囲まれており雰囲気が良い場所です。神社があり、その近くの丘からの景色もとても良いです。2020-05-26
25眞田神社眞田神社上田城城跡跡地にある眞田の神社です。。真田氏、仙石氏、松平氏達歴代上田城主を御祭神としている。もともとは松平氏を祭っていたことから松平神社と称していました。上田城の跡地内に構えており、落ち着いた雰囲気にとても惹かれるものとなっています。真田井戸の奥の丘に登ると素晴らしい景色が見えます。2020-05-26
26上田高校上田高校上田高校にある大きな門です。高校にこんだけ大きな門があるのは、なかなかないです。とても歴史を感じます。ここからたくさん優秀な生徒が育ち、この上田市をさらに、発展させてくれることを願っています。2020-05-26
27上田城跡公園上田城跡公園上田城跡公園にある素敵なおみくじのトンネルとポケモントレーナーたちの対するお願いが書いてある看板です。 おみくじは、何回引いても大吉が出ないので結構萎えます。ポケモンの看板は、変わった看板なので、なんとなく惹かれました。2020-05-26
28高市神社高市神社海野町商店街の中にある高市神社。 高市神社の御神体は、海野に祀られている白鳥神社から霊力の宿る石を授かり、街の神として祀ったもので、「運の石」を右から左へ撫でると悪運を払い、左から右へ撫でると良い運が開かれるといわれている。 毎年2月、高市神社境内にて、神事・豆まき・お神酒振舞いが行われている。2020-05-26
29諏訪泉神社諏訪泉神社道路沿いに建てられている神社です。ご祭神はタケミナカタ様とされています。タケミナカタ様は武や風、農耕神であることから、ご利益は五穀豊穣、必勝祈願となっております。 この神社には彫刻が彫られています。左右に獅子と麒麟の彫刻が彫られています。2020年現在では網のようなものがかけられていて詳しく見ることはできませんでした。 緑に囲まれた神社で小さな公園もついていて散歩にはとっておきの場所であります。2020-05-26
30石久摩神社(上田原古戦場の碑)石久摩神社(上田原古戦場の碑)1548年、武田信玄と村上義清が武力衝突した上田原合戦の中心地と言われる神社。この合戦を世に伝えるため石久摩神社境内に記念碑が建てられている。 道路に面してすぐの赤い鳥居が存在感を出している神社だが、鳥居の奥は足を踏み入れたことはなかった。改めて、ここで戦があったという歴史を思うと感慨深い。 夕方に訪れると、また日中とは違った厳かな雰囲気を感じられる場所である。2020-05-25
31神秘的な加美畑神社神秘的な加美畑神社上田原合戦の折に、武田信玄公が通ったとされる神社。 氏神は今日まで住民から崇拝される大明神で、子孫繁栄や無病息災などを祈願していた。 周囲が緑の自然に囲まれており、足を踏み入れると外界とは切り離されたような神秘的な雰囲気とエネルギーを感じる。 パワーをもらいたいとき、気分を切り替えたいときに訪れてみるのはどうだろうか。2020-05-25
32石久摩神社石久摩神社鳥居の横には、「上田原合戦」前後の出来事が書いてあったり、「上田原古戦場」と書かれた石碑がある。  上田原合戦とは、1548年、武田信玄と村上義清が激しい戦いを行い、両軍合わせて数千人という戦死者を出した。この戦いは、川中島合戦の前哨戦ともいわれる有名な戦いである。  この神社は、旧上田原村の産土神であり、1827年神祇官より社号を明神社から石久摩神社に改称を受け今に至る。2020-05-25
33アリオ上田アリオ上田上田市の中心のショッピングモールです。2020-05-25
34保屋野々原古戦場跡保屋野々原古戦場跡一週間前ほど急にこの柱が立っていた。 こんな近所に武田軍と村上軍の戦いが起こっていたなんて考えたこともなかった。 私は、すごいところに住んでいるのかもしれないと思った。2020-05-25
35日露戦後忠魂碑(上田市)日露戦後忠魂碑(上田市)日露戦争に出征し戦死した兵士の記念のために制作された記念碑。上田市からも戦争に出征し戦った人がいることが分かるものである。一人一人の名前が記されており、地域の記録として存在している。戦争と平和について考えさせられるものである。2020-05-25
36武高國神社武高國神社塩田地域自治センター近くにある神社。普段は静かな雰囲気で落ち着く場所。そばには遊具があり、学校終わりや休日では子供たちがよく遊んでいる。祭りの時期には多くの人が訪れにぎやかである。2020-05-25
37道祖神(上田市塩田町駅周辺)道祖神(上田市塩田町駅周辺)守り神として道の辻に祀られている石仏。甲信越地方や関東地方で多く見られ、上田市にも点在する。様々な形状をしており、ここの道祖神は双体である。要所においてあるのか目に留まりやすい。塩田町駅近くにある道祖神は川のすぐそばにあるため特に目に留まりやすいが、草木に覆われているため近づきにくい。2020-05-25
38生島足島神社生島足島神社生きとし生けるもの万物に生命力を与える「生島大神」と、生きとし生けるもの万物に満足を与える「足島大神」の二神が祀られ、摂社(下社・下宮)には諏訪大神が祀られる信濃屈指の古社である。赤の鳥居が目立つのですぐに場所もわかる。正月には多くの参拝客であふれる。鯉に餌をあげて子どもの頃に戻った気がした。最後の2枚の写真はトイレのマークの写真で、細かいところにも遊び心があることがわかる。2020-05-25
39安楽寺(黒門)安楽寺(黒門)黒門。安楽寺の入口にあり、崇福山と大きく書いてある。外国の観光客のために多くの場所で英語表記されているため外国人でも楽しめる。歴史が古く近所の人などから大事にされていて非常に綺麗に残っている。看板の文字は山福崇ではなく崇福山と右から読む。大きな門でインパクトがあり忘れない。2020-05-25
40上田最高峰の美術館 尾澤木彫美術館上田最高峰の美術館 尾澤木彫美術館1階から3階まで美術作品が展示されていて、日本のものから西欧のものまで様々な作品がありました。 三階には日がさすところがあり、作品が日に照らされ、神々しくなるので是非一目見てもらいたいです。 この場所は私の投稿で1番のお気に入りの場所なので是非訪れてみてください。2020-05-24
41松本城松本城松本城は戦国時代の永正年間に造られた深志城が始まりで、現存する五重六階の天守の中で日本最古の国宝の城です。黒と白のコントラストがアルプスの山々に映えて見事な景観です。松本城は標高590メートルの盆地内平地に位置しています。江戸の家康を監視する城として、甲府城・高島城・上田城・小諸城・沼田城とともに秀吉側の城主が配置された江戸包囲網のひとつの城といわれています。 松本城の桜は、加藤清正が城見のために松本城を訪れた時に駒をつないだという話を伝える桜です。春にお散歩をしながらお花見をするのもおすすめです。2020-05-24
42生島足島神社生島足島神社ここは生島足島神社。 上田市の下之郷という地区にあり、一説では、日本の中心とも言われている。 主祭神は「生島大神」「足島大神」の2柱であり、生島大神は万物を生み育て生命力を与える神、足島大神は国中を満ち足らしめる神と言われている。2020-05-23
43上田城上田城ここは上田城。 上田城には、南櫓・北櫓・東虎口櫓門をはじめとし、真田石などかつての城を感じさせる見所が数多くある。 映画「サマーウォーズ」での陣内家お屋敷の門として登場することでも有名であり、多くのファンが訪れるスポットとなっている。2020-05-23
44下塩尻 庚申塔下塩尻 庚申塔庚申塔(こうしんとう)は、庚申塚(こうしんづか)ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のことを言います。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多いそうです。塚の上に石塔を建てることから庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれています。 出典:庚申塔 - Wikipedia 庚申という言葉もその歴史についてもあまり知る人は少ないのではないかと思います。実際に調べてみると多くの歴史があり、様々な情報があるため歴史的に興味が持てます。他の都道府県にもあるため、実際にその場へ赴き、どういった歴史があったのか調べたくなります。2020-05-21
45上塩尻神社上塩尻神社祭神は諏訪大明神です。奈良時代に舎人嶋(現元宿)に創建したが、1595年(文禄4)の大洪水で流出し、1709年(宝永6)現在地に再建した。 上塩尻は養蚕が盛んだったようで、立派な土塀に囲まれた家々が狭い道沿いに立ち並んでいます。狭い道を登って行くと神社が建っており、祠には万葉歌碑が祀られています。一度再建はされたものの、古くから万葉歌碑が現在も残っているのはとても面白い。2020-05-21
46天満宮天満宮1771年(明和8年)の創建と伝えられ、舟形の地形が特徴です。古い絵馬や俳句の額が掲げられています。明治6年に村社になり、かつては春秋の例祭には村人の踊り、大々神楽、相撲等が奉納されました。敷地内には、福島安正書の「菅公一千年記念碑」もあります。 出典:『上田 しおじり』/塩尻地区近代化遺産活用ガイドブック編集委員会/ 発行 上田市教育委員会 2003年3月 学問の神様とも呼ばれている菅原道真を祭神とする神社の一つであり、正月にはここで年を越す方もいます。昭和時代からありながらきれいなまま現存しているのが面白い。2020-05-21
47水天宮水天宮下塩尻字日月地籍に舟人の守護神、水の神、安産の神として水天宮が祀られています。千曲川水系では比較的大きな社殿と言われ、毎年9月には神主が来場して区民が例祭を行っています。 出典:『上田 しおじり』/塩尻地区近代化遺産活用ガイドブック編集委員会/ 発行 上田市教育委員会 2003年3月 少子化という地域課題がある中でこういった神様が祀られていることにより地域の方々に安心と安寧を与えているという歴史的な効果が素晴らしく、興味を持たせてくれる。2020-05-21
48上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する2018/08/18、上田市上塩尻の蚕種製造民家群と文書を見聞する会を開きました。長野大学前川研究室、上塩尻自治会、上塩尻今昔の会の連携で実施したものです。地元上塩尻の方々を中心に、建築や歴史文化の専門の方などが加わり20名ほどが参加しました。暑いとは言え、連日の猛暑からは解放されたように秋めいた爽やかさが感じられる一日となりました。

全国的にも稀有な蚕種製造民家群

幕末から近代にかけて日本の産業を牽引した蚕糸業の中でも、長野県は蚕糸王国と呼ばれるほどに近代日本の殖産興業に貢献をしました。その中で上田小県は蚕都上田と呼ばれ、その中心地の一つでした。とりわけ上塩尻を中心とした塩尻地区は蚕種製造の一大中心地となり、江戸時代から幾人もの優れた蚕種製造家を輩出した他、各家が蚕種製造業を営んで
2020-05-10
49上田市公文書館上田市公文書館上田市の公文書を保管する施設。2020-04-29
50藤本蚕業歴史館藤本蚕業歴史館蚕種製造の中心地であった歴史館。文書館と展示施設の機能を併せ持っている。2020-04-29
51秋和の文庫蔵を訪ねる秋和の文庫蔵を訪ねる2/17、地元の方々と学生と秋和文庫蔵を訪ねました。 秋和は蚕種製造の中心地であった塩尻村の中で、上塩尻、下塩尻と共に蚕種製造が営まれ、蚕都上田の興隆にも大きく貢献した一地域です。そうした近代の地域の背景を知る上でも地元の古い資料は欠かせないものです。 いくつか手にした文書は「明治十八年 祭典諸事記載帳」「明治三十年度 人夫賃金支払帳 塩尻村秋和土木委員」「明治十年第三月 秋和学校貸附金証書」「明治十三年金銀出納簿 一月ヨリ 秋和学校」などなど。少し手に取っただけでもまるでタイムカプセルから地域の埋もれた歴史に陽光が当てられたかのような感興がありました。 これらの資料をどうするか。それが問題です。地元の資料は地元の力でともかくも目録化に着手するのが第一との課題を共有しました。2020-04-22
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