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登録リスト(該当:4件)
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1
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写真
タイトル
説明
登録日
1
柿蔭山房
アララギ派の島木赤彦(本名久保田俊彦)が明治30(1897)年から没する大正15(1926)年まで住んでいた住宅で、アララギ派の島木赤彦(本名久保田俊彦)が明治30(1897)年から没する大正15(1926)年まで住んでいた住宅で、柿蔭山房(しいんさんぼう)と呼ばれている。庭には樹齢300年のもなるという見事な枝ぶりのアカマツがある。町指定文化財となっている。
2021-06-03
2
柿陰山房
柿陰山房「島木赤彦の家」。アララギ派歌人であった島木赤彦(本名久保田俊彦)の住まい跡。この柿蔭山房で多くの優れた歌を残しました。秋には柿の実と山房の美しい風景が赤彦の想いと重なります。「柿蔭山房」(しいんさんぼう)の名前の由来は、古くからこの地には柿の木が多く、歌を発表するとき、赤彦自ら「柿の村人」と号したことからといわれています。
2020-03-06
3
伊藤時計店
駅前通りの小さな時計店。店主(当時は73歳)は太平洋戦争中、兵役で病を得て諏訪赤十字病院で療養生活を送ったさい、森山汀川の指導を受けたアララギ派の歌人。昨年歌集を出版した。伊東時計店の店内と伊東憬氏。
2020-03-06
4
柿陰山房
柿陰山房(しいんさんぼう)。この茅葺の家は短歌の集団アララギ派のリーダーとして活躍をした島木赤彦(1876-1926)本名久保田俊彦の旧宅。高木集落は諏訪地方でも柿の木の多いところで赤彦は柿の実の丹(あか)が好きだったらしく「柿の村人」「柿の村舎(むらやど)」のような筆名の時期もあり、大正8・9(1919-1920)年ごろこの家を「柿陰山房」と命名した。
2020-03-06
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