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1名工の社殿と養蚕農家 ~上田市下堀地区~名工の社殿と養蚕農家 ~上田市下堀地区~信濃国分寺駅の南側に位置する下堀地区です。 ここには堀川神社があり、今でも地区住民によって守られています。 拝殿は一見シンプルですが、本殿を見ると見事な装飾があります。これは1886年(明治19年)に上田の名工竹内八十吉によって掘られたものです。八十吉は1815年(文化12年)から1898年(明治31年)まで活躍した諏訪立川流の大工で、堀川神社以外にも信濃国分寺の本殿の彫刻も掘っている。 次に下堀地区は養蚕業で栄えていた地区である。その証拠がこの石垣である。 これは、ぼたもち積みと呼ばれる積み方でお金持ちの家しか作ることができない石垣である。https://d-commons.net/upload/4/575/054168_0023_006.jpg養蚕業で儲けていたからこそできる石垣で、当時は養蚕農家それぞれが競い合って家を建てていたそうだ。それほどまでにこの地区の養2023-01-19
2中塩田小学校 盈進学校・本郷学校跡中塩田小学校 盈進学校・本郷学校跡現在の上田市立中塩田小学校の敷地内にある盈進学校・本郷学校跡です。盈進学校は1873年に開校し,1886年から本郷学校になりました。 ぱっと見ただけでは学校の歴史がわからない中,思っていたよりも歴史が長いことに驚きました。 【参考】 上田市立中塩田小学校 「中塩田小学校のあゆみ」 (2009) http://www.school.umic.jp/nakashioda/syoukai/cat19/20090730-114954.php2021-05-04
3半過古墳群10号墳半過古墳群10号墳道の駅「上田 道と川の駅 おとぎの里」に移築復元された古墳。直径7m程。道路工事により検出された3基の古墳のうち中央に位置する。玄室内で木棺の痕跡を確認し、鉄製釘が2点出土した。横穴式石室で、石室全長5.0m。玄室の平面形は長方形で、奥壁幅1.1m、長さは右側壁2.8m、左側壁3.0mを測る。天丼石を失つているが、奥壁の遺存高は1.4m程。奥壁は幅0.8m程度の石を複数用いて構築されていたものと推定され、現状は4段目の一部が残存していた。2020-11-17
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