忠七さんは当初飛騨へ行って糸を挽かせて商っていましたが横浜開港後、種を横浜まで出すようになりました。忠七さんの営業ぶりや気質を見ていた原町の生糸商万屋の長岡万平さんが生糸商となることをすすめてくれたのが縁で生糸商をはじめることになりました。
ちなみに、飛騨行きを忠七さんにすすめてくれたのは、長岡万平さんの先代の平八さんです。この二人がいなければ生糸商蔦屋忠七はいなかったかもしれません。
「信濃蚕糸業史 下巻」「上田市史 下巻人物誌」参照
| 地区コード | 上田市 |
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| 投稿者 | 長十郎 |
| 管理番号 | 3 |
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| カテゴリ名 | 人物伝 |
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