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写真タイトル説明登録日
1綿の湯跡綿の湯跡綿の湯の跡。「綿の湯」で検索していただくと古い写真がたくさんあるのでぜひ比較していただきたい。かつての名湯も今は碑と観光用に流している湯、壁に掛けられた江戸時代の宿場風景を描いた複製画で偲ぶしかない。せめて次代の子供たちには「湯玉の伝説」くらいは話し継いでいきたいものである。2022-03-19
2旦過の湯旦過の湯かつての下諏訪三湯(綿の湯・小湯・旦過湯)の一つで、三湯の中で最も湯温が熱い。№1541と比較すると建物が新しくなっている。今は中山道に面した壁に修行僧の「こて絵」が飾られており、この湯の歴史(禅寺・慈雲寺の旦過寮のあった場所)の片りんを感ずることができる。2022-03-19
3綿の湯跡綿の湯跡かつて綿の湯や問屋場があった中山道と甲州道中の合流地を立町の方から撮った写真である。すでに綿の湯もなくなり、駐車場や観光案内板が置かれているが、手前左の「丸や」、右の「ききょうや」はかつての風情を色濃く残している。古い写真と見比べてほしい。2022-03-19
4旦過の湯旦過の湯湯田坂の風景、オレンジ色の建物は「旦過の湯」。鎌倉時代、慈雲寺を訪ねる修行の僧のために建てられた旦過寮のお湯のことを指すことから名がついた。その由来の為か新しく建て直された旦過の湯の壁のこて絵は修行僧の姿が画かれている。 湯が熱いのが売りになっていて、湯口は52度もあるという。下諏訪3湯(綿の湯、児湯、旦過湯)の中で最も高温で、傷、吹き出物に効能があると言われている。 写真2枚目、少し上に見える寺の屋根は来迎寺。2021-04-24
5綿の湯綿の湯大正13(1924)年着任した柳沢警部補から、衛生保安の立場上、三湯(綿の湯・児湯・旦過の湯)とも改築の急務を力説されて、第二区では「綿の湯」をはじめ、三湯の改築に取りかかることになり、まず綿の湯から着手することになった。写真は大正14(1925)年8月、旧中山道沿い突き当たりの立町に建て直された綿の湯である。この時、階下は消防屯所で二階は集会所とし、二階屋上に火の見の望楼をのせた。 綿の湯はこの後、昭和35(1960)年に鉄筋コンクリート建築に改築されている。 綿の湯には伝説が2つ伝わっている。一つは建御名方命(たけみなかたのみこと)の妃である八坂刀売命(やさかとめ)が上社から下社へ住まいを移す際、上社前の温泉の湯を化粧綿に浸み込ませて持参し、下社前に置くとそこから湯が沸き出たというもの。もう一つは、穢れ2020-03-06
6ききょうやききょうや。旧宿場時代からの看板が人気の下諏訪温泉の旅館「ききょうや」。前身は旧下諏訪宿の中心、問屋場と「綿の湯」のある辻の旅籠屋で、文化2(1805)年刊の街道の案内書「木曽路名所図絵」にもその建物と看板が描かれている2020-03-06
7武居源湯武居源湯昭和38(1963)年4月21日噴湯した武居源湯。 昭和の初め頃から綿の湯の自然湧出が不可能となり、動力ポンプによって揚湯する状態になっていた。そこで下諏訪町が綿の湯源湯地から至近な武居地籍へ温泉の掘削を行った。この温泉の掘削の結果、綿の湯源湯に著しい減少の影響が現れ、武居温泉の揚湯是非の問題で町との談合の結果、武居温泉より綿の湯へ一定量を引湯することとなった。また昭和40(1965)年12月に竣工した「国民宿舎下諏訪観光会館・山王閣」にも引湯されていた。2020-03-06
8下諏訪温泉の光景下諏訪温泉の光景左に「かめやホテル」右に「まるや」の看板、正面に秋宮の森が見える。 止まっている車は、昭和33(1958)年から製造・販売された「スバル360」と思われる。 昭和52年12月複写2020-03-06
9下諏訪温泉の光景下諏訪温泉の光景岡谷製糸勃興期の下諏訪温泉街の情景。明治末期街道(立町)の突き当たりは綿の湯。綿の湯はこれまで前面が外湯で一般に開放され、裏面には銭湯があったが、外湯を第二区消防屯所に改修する。綿の湯の屋根越しに見えるのは「かめやホテル」、その裏手の森は「旧本陣岩波家」の屋敷木である。綿の湯の左手前は「ききょうや」「みなとや」で、左手前には「丸屋」の各旅館があった。写真右下に「諏訪電機株式会社」と思われる看板が見える。諏訪電気株式会社は明治30(1897)年設立で現在の「おいでや」の前に記念碑が建っている。2020-03-06
10宿場風景(菊本旅館前)宿場風景(菊本旅館前)宿場のおもかげ。下諏訪宿菊本旅館。看板の右下に炭俵と思われる荷がおかれている。道は舗装されておらず、道幅も狭い。2020-03-06
11亀屋より鵞湖を望む亀屋より鵞湖を望む下諏訪金松堂発行の絵葉書、「下諏訪亀屋三階ヨリ鷲湖ヲ望ム」。鷲湖とは諏訪湖の別称で、慈雲寺を開いた一山一寧のふるさとの湖の名にちなんでつけたとされる。手前右に綿の湯付近にあった火の見やぐら、左の端に大木があり専女のけやきのようだ。2020-03-06
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