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写真タイトル説明登録日
1昭栄製糸昭栄製糸明治42(1909)年創業の昭栄製糸(小口竹吾)。昭和3(1928)年当時743釜。大正9(1920)年第一次大戦後の恐慌、大正12(1923)年関東大震災、昭和4・5年世界的大恐慌等が製糸業へ大打撃を与える。やがて山十組は破綻、営業の継続を依頼会社整理の抵当権者(安田銀行)がバックアップ、昭和6(1931)年山十※組下諏訪製糸が昭栄製糸となった。その後、昭和32(1957)年、下諏訪町の工場誘致により跡地に三協精機(現日本電産サンキョー)が上諏訪より誘致された。 煙突と煙突の間の森は下社秋宮。2021-04-01
2製糸工場製糸工場天竜川畔製糸工場群。2020-03-06
3旧ダイヤ豆腐社の煙突旧ダイヤ豆腐社の煙突ダイヤ豆腐工場は現JR中央線沿い北四王に敷地面積2500坪で昭和9(1934)年に旧湖畔倉庫を買収して開設された。当時の諏訪地区特産の氷(凍り・こおり)豆腐の大半(90%)を生産していた。写真は旧ダイヤ豆腐社の煙突。2021-04-01
4中村製作所中村製作所製糸時代からの鉄工所、今は精密メーカーなどからの注文仕事で忙しい。創業は明治40年頃、製糸工場のボイラーなどを手がけた。「諏訪湖の町の平成元年」には、昭和9(1934)年、室戸台風で倒れた製糸工場の煙突を、たった一昼夜で再建した思い出を、74歳の工場主が話してくれたと解説が書かれている。戦後の一時期スケートのエッジ「N、S、K ローレル クラウン」の製造元として鳴らしたこともある。中村製作所の鉄工所(プレス二次加工)。2020-03-06
5信濃蚕業信濃蚕業下諏訪駅東にあった信濃蚕業、現在は(株)イングスシナノに社名が変わった。2021-04-01
6製糸工場製糸工場製糸工場の外景。2020-03-06
7製糸工場風景製糸工場風景絵葉書「信陽諏訪下諏訪入一※組製糸会社全景」の文字。入一※組製糸は明治34(1901)年に創業した入丸※製糸が明治43(1910)年に分離し、入一として創業(小口松五郎・川村蓑吉・山田由蔵・河西寅吉の合名会社)した。入一※製糸は入丸より分離したメンバーに河西友吉・河西勝太郎・今井栄人(入一社長)が加盟し、最盛期の大正10(1921)年頃(1150釜)は茨城・静岡に支店を出し、大正12(1923)年には南四王(現ジャスコ跡)に分工場を建設した。昭和4・5(1929/1930)年の不況により今井栄人が入一通信工業に転換した。下の原方面からの写真、中央辺りに平沢小路~下の原への道路が見える。2021-04-01
8製糸の町岡谷製糸の町岡谷満面に水をたたえた天竜川。明治後期の釜口橋付近で、橋脚が補強されている。 大きな繭倉が建てられ、工業地帯に変貌しようとしている。2020-03-06
9製糸の町岡谷製糸の町岡谷天竜川沿いに製糸工場の煙突が沢山見える。2020-03-06
10製糸の町岡谷製糸の町岡谷天竜川沿いに製糸工場の煙突が沢山見える。製糸工業全盛期「岡谷の千本煙突」・「岡谷のスズメは黒い」など言われることもあった。 天竜川河岸に水車と思われるものが写っている。2020-03-06
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