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登録リスト(該当:11件)

写真タイトル説明登録日
1博愛館博愛館自由民権運動・青年会の活動が活発になった明治の時代、活動の拠点となる場所を求めるこえが強くなり、他の地区でも新しい集会所が次々に建てられた。神風社(青年会)の建議を受け明治40(1907)年5月に落成した。総工費1343円、全額区民95戸の寄付金で賄われた。 現在建物はなく駐車場になっている。2021-12-23
2大和仁平翁像大和仁平翁像下諏訪町に上水道を設置した町大和仁平翁の像が水月公園幟口の東側に建立されている。大正14(1925)年に計画、昭和3(1928)年竣工の大工事で総工費38万円を要した。この経費は当時の町の経常総歳出の3倍を超す額で、水道管敷設事業実施は大英断であった。なお、水源は東俣から送水し、水月園下に配水池を置き、町内には自然流加で配水した。2022-03-24
3かなやき地蔵・来迎寺かなやき地蔵・来迎寺来迎寺境内にある銕鐃(かなやき)地蔵にちなむかねと銕鐃地蔵の伝説を大和作内がブロンズ像にしたもの。 かねという奉公娘が弁当を地蔵に備えていたのを主人の妻に叱られ火箸で額にやけどを負わされたが、地蔵が身代わりとなったことで女主人は改心。やがてかねは都に出、和泉式部となったという伝承。境内には地蔵尊が祀られているお堂があり、一年に一度御開帳されている。2022-03-19
4大合理的炊事講習会大合理的炊事講習会垂れ幕に「大合理的炊事講習会」とある。また、背景の額に「青雲館」とあるので、第三区青雲館二階で行われた何らかの講習会の記念写真と思われる。詳細不明。2022-03-09
5大注連縄奉献大注連縄奉献戦後「日本第一大軍神」の大額が外された諏訪大社下社神楽殿。 「これでは寂しい」と地元有志が出雲大社の大注連縄保存会に指導を受け、初めて奉献したのが昭和24(1949)年。その後昭和54(1979)年まで途絶えていた。昭和54(1979)年と昭和60(1985)年に、出雲大社拝殿に大注連縄を奉献している島根県雲南市の須賀注連縄保存会の役員を迎え、御柱祭の前年に大注連縄作りの指導を受けた。 写真は昭和60(1985)年、御柱祭の新たな行事として定着させようと奉献会(約40人)が作った下社秋宮神楽殿の大注連縄奉納の時の記念写真。2021-12-18
6諏訪大社秋宮諏訪大社秋宮神楽殿に大注連縄がない、社務所は現在と同じ、参道の階段は整備済み、東郷平八郎の掲額がない、狛犬がない…など現在とは様子の違う秋宮境内。2021-11-03
7総合文化センター竣工式総合文化センター竣工式下諏訪町総合文化センター竣工式祝辞をのべる長野県知事。この施設、県の「文化公園」整備事業の補助金5憶6700円を受け総額19憶5千万円をかけて建設された。残響時間1.6秒のクラッシクホールが自慢。2020-03-06
8三月定例町会三月定例町会三月定例町会開会直前の議場。消費税関連議案が13件あり、上程議案は平成元年度予算案49件に上った。(一般会計予算額52億3,500万円)など49件に上った。議長席より撮影。2020-03-06
9下諏訪機械金属工業会の新年会下諏訪機械金属工業会の新年会前年創業30周年を祝った下諏訪機械金属工業会の新年会。会員数57社「オイルショックも円高も工夫と努力で乗り切ってきた。これからも技術力で生き抜いてみせる」と社長たちは胸を張る。町の工業事業所数は461、従業者数5269、製品出荷額954億4720万円。2022-03-19
10東郷平八郎献額東郷平八郎献額諏訪大社秋宮の神楽殿正面に東郷元帥筆の「日本第一大軍神」の大額が奉献。この額は戦後は秋宮拝殿の左片拝殿にある。(刻者は篆刻師八幡郊處)2020-03-06
11注連縄製作完成記念写真注連縄製作完成記念写真大注連縄は戦後「日本第一大軍神」の大額が外された神楽殿が「寂しい」と地元有志が出雲大社の大注連縄保存会に指導を受け奉納した。昭和54(1979)年まで途絶えていが、昭和60(1985)年の御柱祭の前年,祭りの新たな行事として奉納した。現在の大注連縄は「諏訪大社注連縄奉納会」が長さ7.5m最大胴回り3.2m(従来は4.5m)重量800㎏(従来は1t)という大きさで御柱祭の前年の11月から約1ヶ月、2500束のワラをつかい作成している。2020-03-06
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