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管理番号写真タイトル説明登録日
1537稲荷小路稲荷小路「稲荷小路」の風景。 この小路は、旧中山道から大社通りに通じる道で、千尋池近くの根津八紘美術館横の「夜通道」へと通じている。写真は「夜通道」の突き当たり付近の小路の風景。2020-03-06
1533湯田坂湯田坂雪の残る、湯田坂。旧中山道の風情が残る街並み。2020-03-06
1511旧中山道旧中山道旧中山道、武藤工業裏手付近。2020-03-06
1509商店商店湯田仲町にある宮坂商店(化粧品店)。右手の道を直進すると旧中山道。2020-03-06
1499綿の湯綿の湯大正14年8月、第二区では「綿の湯」をはじめ、三湯(綿の湯・児湯・旦過の湯)の改築に取りかかる。写真は旧中山道沿い立町、突き当たりは綿の湯。昭和35年に改築される前の綿の湯。2020-03-06
1118熊野神社の例大祭熊野神社の例大祭熊野神社の例大祭での東山田長持ち。従来祭りは11月25日であったが、現在は10月の最終日曜日となっている。本祭りには婦人会から甘酒が振るまわれ、長持ちが区内を練り歩いたりして祭りのを盛り上げている。2020-03-06
1094鉄鋼泉本館鉄鋼泉本館夜の湯田坂かいわい。名湯旦過の湯を中心とした旧中山道筋一角。坂下に温泉旅館が並び湯の町風情が漂う。製紙業の全盛期には芸妓置屋が軒を連ねていた。鉄鋼泉本館の夜景。2020-03-06
1005坂道のある風景坂道のある風景衣紋坂、坂の上の欅が繁っているあたりが諏訪地方唯一の前方後円墳「青塚」。そのすぐ北側を東西に通る旧中山道に沿って旧下諏訪宿が開けていた。2020-03-06
969大社四つ角風景大社四つ角風景国道20号線が直角に曲がる所に和田峠を越えてきた国道142号線ぶつかる大社通り四つ角の風景。正面突きあたりが諏訪大社秋宮の森。手前の国道20号線は旧中山道で塩尻峠へ向かい、右折すれば上諏訪方面となる。四つ角風景2020-03-06
913上段の間の雛人形上段の間の雛人形かめやホテル上段の間の雛人形。旧中山道下諏訪宿の本陣遺構のうち上段の間を中心とする一郭が湯宿「かめや」の特別室として使われている。絵の間に続く中の間に飾られたひな壇。多くの文人墨客が来遊した。(宇野浩二の連載「諏訪物」・芥川龍之介の地元の芸者に送ったラブレターなども残されている)2020-03-06
778上段の間の雛人形上段の間の雛人形かめやホテル上段の間の雛人形。旧中山道下諏訪宿の本陣遺構のうち上段の間を中心とする一郭が湯宿「かめや」の特別室として使われている。絵の間に続く中の間に飾られたひな壇。多くの文人墨客が来遊した。(宇野浩二の連載「諏訪物」・芥川龍之介の地元の芸者に送ったラブレターなども残されている)2020-03-06
777上段の間の雛人形上段の間の雛人形かめやホテル上段の間の雛人形。旧中山道下諏訪宿の本陣遺構のうち上段の間を中心とする一郭が湯宿「かめや」の特別室として使われている。絵の間に続く中の間に飾られたひな壇。多くの文人墨客が来遊した。(宇野浩二の連載「諏訪物」・芥川龍之介の地元の芸者に送ったラブレターなども残されている)2020-03-06
680和田義盛の刀石和田義盛の刀石明治37(1904)年古峠(旧中山道)の石小屋下にあった和田義盛の刀石が、水月会員の出払で慈雲寺中庭に移された。この石は砥川石(安山岩)の側面に刀を突き通したという穴が三つあいている、(樹形と推定される)鉱物学的に貴重なもの。和田義盛は鎌倉時代初めの人(1147-1213)侍所別当だったが北条氏と対立し挙兵したが、一族とともに滅ぼされた。2020-03-06
576春宮大門先石燈篭と 丸三倉庫春宮大門先石燈篭と 丸三倉庫旧中山道添の春宮大門先石灯篭(常夜灯)〔文政12年(1829)建立〕から春宮大門の銅鳥居を望む。鳥居の奥に見える屋根は第五倉庫、常夜灯横の建物は事務所。丸三倉庫現下諏訪倉庫(三井)の六号倉庫で昭和44(1969)年諏訪信用金庫下諏訪支店(信金は昭和38(1963)年四ツ角に新築、昭和44(1969)年12月現在の場所に移転した。)丸三倉庫は「倉荷証券」を発行し金融事業も手掛けた。支配人は小口文次郎他に共同倉庫、湖国倉庫(現イングスシナノ、大和電気)をも担当したが両倉庫とも「空券事件」により廃業となった。 改修後の写真№575と比較して見ていただきたい。2020-03-06
575春宮大門先石燈篭と丸三倉庫(現諏訪信金下諏訪店)春宮大門先石燈篭と丸三倉庫(現諏訪信金下諏訪店)旧中山道添の春宮大門先石灯篭(常夜灯)〔文政12年(1829)建立〕から丸三倉庫(現諏訪信用金庫下諏訪店)を左に見て、春宮大門の銅鳥居を望む。丸三倉庫№576(昭和37年)との違いが見える。2020-03-06
574大門先の石燈籠大門先の石燈籠きなこ石の唐獅子は金左エ門作(今はなし)。№573参照。2020-03-06
573大門先の石燈籠大門先の石燈籠旧中山道に面した春宮大門先の石燈籠(常夜燈)。文政12(1829)年に作られ台座から6mの高さがある。高遠系の流れをくむ横川村(現岡谷市)の石工山田金右ェ門の子平蔵(和哉)の作といわれる。発起人は上諏訪及び大阪の人でたくさんの寄進の人名のほか、石運びの手伝いとして湯之町・友之町・下ノ原・久保・武居・富部・東山田・萩倉新田・樋橋新田の村々名が刻まれている。石材は高尾山から運び総工費五十両を要したという。          2020-03-06
565明治9年下諏訪集落図絵明治9年下諏訪集落図絵明治9(1876)年の下諏訪集落図絵。明治9年7月15日に筑摩県に提出した「下諏訪村誌」挿入の下諏訪村の全景。この当時は三角八町といって、下諏訪村の主な往環は、湯の町通り・友之町・春宮大門通りと甲州道中で、その他は耕地。右下の橋は、旧中山道の大橋で、現在の富士見橋はこの数十メートル上流の明治23(1890)年施工した新道20号線にかかっている。左手前の森は春宮で鳥居前の立木が大門通りのさわら並木。2020-03-06
561陸軍航空隊航空写真陸軍航空隊航空写真航空写真。写真の中心近くに下諏訪学校の三階の望楼が分かる。旧甲州道中、旧中山道、八幡坂などの様子や秋宮鳥居周辺の戦前の建物が密集している様子がよくわかる。2020-03-06
337伏見屋邸伏見屋邸旧中山道沿いにある「伏見屋邸」は元治元(1864)年に建てられたと推測される。木造二階建ての店舗兼住屋と土蔵が残されています。国の登録有形文化財に登録されていますが、今街歩きを楽しむ観光客の休憩や住民の交流の場となっています。2020-03-06
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