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登録リスト(該当:17件)

管理番号写真タイトル説明登録日
1155屋敷神屋敷神甲州街道中高木村にあった政屋(橋本屋)の屋敷神(高木)。明治18(1885)年上諏訪新道(国道20号)の開通までは料理も出し営業していたが廃業。2020-03-06
1133漁業者の家漁業者の家富部地区、漁業者の家。山の手を通る甲州街道から高まま(高浜)の入り江の舟止(ふなと)へ降りる舟道が通じ、これにそって半農半漁の村が形成された。舟道も旧国道20号線(手前の道)と鉄道で断ち切られた。2020-03-06
1084中央高速バス中央高速バス朝の中央高速バス(下諏訪バス停)。下諏訪から新宿までの所要時間は約3時間。運賃は3060円、この日8時13分発の便には女性5人が乗車。「ちょっと買い物に」という人もいた。名古屋までは3300円(約3時間20分)。12月22日からは大阪行きの運転も始まった。「メガネイガワ」「犬飼家具店」の看板も見える。2020-03-06
969大社四つ角風景大社四つ角風景国道20号線が直角に曲がる所に和田峠を越えてきた国道142号線ぶつかる大社通り四つ角の風景。正面突きあたりが諏訪大社秋宮の森。手前の国道20号線は旧中山道で塩尻峠へ向かい、右折すれば上諏訪方面となる。四つ角風景。2020-03-06
916信濃蚕業信濃蚕業下諏訪駅東にあった信濃蚕業、現在は(株)イングスシナノに社名が変わった。2020-03-06
852大鳥居のある街角大鳥居のある街角春宮大門大鳥居と参道。正面は諏訪大社春宮の870mに及ぶ参道。鎌倉時代には流鏑馬が行われていたらしい。かつては見事なさわら並木で、昼なお暗い道だったという。鳥居の後方左の大きな建物は製糸時代の繭倉で平成元年は倉庫会社の倉庫になっていた。 現在は西友下諏訪店になっている。2020-03-06
756下諏訪駅前の風景下諏訪駅前の風景平成元(1989)年のJR下諏訪駅前風景。平成2(1990)年駅前の通りに「オルゴール通り」の名が付いた。№393と比較して見ていただきたい。 下諏訪町の商店街の中心は、かつては旧宿場町から坂下の国道20号線沿線へと移ったが、町南部に新商業地区が形成されるにい従い、北部の商業地区の中心はこの駅前に移りつつあった。しかしモータリゼーションが進み、現在はこの駅前も活気ある賑やかさから置いて行かれることになっている。2020-03-06
712伏見屋商店伏見屋商店伏見屋商店。現在は店じまいしてしまったが、矢木東の国道20号線添いで多種の雑貨を商っていた伏見屋の店先である。店員の法被に「カネジョウ伏見屋店」の文字が染め抜かれている。看板には「伏見屋商店」とともに、「畳表・かや・荒物・□□・足袋・雑貨」などと書かれている。2020-03-06
568陸軍航空隊航空写真陸軍航空隊航空写真陸軍航空隊よりモーリス・ファルマン式二機寒中の山地飛行並びに水上試験飛行として来諏の際に写す。下諏訪学校や国道20号線がよくわかる。2020-03-06
560陸軍航空隊航空写真陸軍航空隊航空写真大正6(1917)年2月16日、陸軍航空隊モーリス・ファルマン機上から撮影した下諏訪町の中心部。寒中の山岳飛行並びに氷上試験飛行のため来諏の際の撮影。中央の建物は当時の下諏訪学校(友の町字神殿)で現在の下諏訪中学校の前身。周辺には秋宮の森・製糸工場・中央東線・国道20号線などが見える。2020-03-06
510立体交差工事竣工立体交差工事竣工昭和30(1955)年10月に着工した 西浜の国道と鉄道の立体交差竣工。同32(1957)年5月20日開通式。完成した新道路の橋は高浜橋と命名された。2020-03-06
420高浜の信号高浜の信号国道20号から湖岸道路へ行く高浜の信号付近。2020-03-06
418諏訪湖畔諏訪湖畔現博物館(裏手)を国道側から見たところ。2020-03-06
384山王台を望む山王台を望む久保海道、国道20号付近の承知川。写真左上に山王閣(現在は無い)が見える。2020-03-06
383山王台を望む山王台を望む大正15(1926)年、久保海道付近、国道20号付近の承知川。写真左側の建物の奥は土田遺跡(土田墓地付近)。2020-03-06
133町民水泳大会町民水泳大会各区対抗で行われた町民水泳大会。プールの背景は、左から、高浜湾(諏訪湖)、高浜温泉旅館、富部新道。国道20号がすぐ横に見えている。2020-03-06
132町民水泳大会町民水泳大会各区対抗で行われた町民水泳大会。プールの背景は、左に高浜湾(諏訪湖)、奥には高浜温泉旅館、プールの奥には石置屋根も懐かしい建物が見える。プールの右には富部新道と国道20号が見える。2020-03-06
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