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登録リスト(該当:7件)

管理番号写真タイトル説明登録日
877座繰り製糸座繰り製糸下諏訪町の座繰り製糸工場昭和興行(株)。2020-03-06
876座繰り製糸座繰り製糸下諏訪町の座繰り製糸工場昭和興行(株)。2020-03-06
875座繰り製糸座繰り製糸下諏訪町の座繰り製糸工場昭和興行(株)。座繰り(ざぐり)は座って人力で道具を動かし繭から糸を手繰りながら糸枠に巻きとる作業のこと。またその道具のこと。2020-03-06
864座繰り製糸座繰り製糸シルク王国の生き残り、老工女が支える10釜の座繰り製糸工場。67歳から82歳の13人の工女で超高齢化工場だが早い手さばきで糸を撮っている。国製糸業を支えた老工女たち。「家にシコっ(①うずくまる②かかむ③じっとこごまる(かがむ)の意味)ているより、こうして糸を撮っているほうがよっぽど楽しい」と。下諏訪町の座繰り製糸工場昭和興行(株)。昭和4((1929)年からの世界恐慌を境に製造業は没落の道をたどり戦後は精密・電子・ニット業などに転換する工場が相次いだ。昔ながらの座繰り機械委で創業を続行する工場も当時町内に2020-03-06
739旧第1保育園旧第1保育園旧第1保育園。大正15年下諏訪保育園設立、当時は県下でも保育施設の草分けであった。現在は4区公会所として使用されている。2020-03-06
397第一保育園第一保育園久保(現下諏訪中学校庭南)に大正15(1926)年1月19日下諏訪保育園を設立。この保育園は県下保育施設の草分けだった。大正時代に入ると町の国用製糸は一層盛んになり大正14(1925)年には62工場、就業者数1240人に達した。その工女の半数が既婚で共働きが多かった。乳幼児を抱えた就業は大きな課題となっていた。大正14(1925)年6月に友之町にテスト会所した託児所を保育園として開設したものである。2020-03-06
320松沢製糸所松沢製糸所松沢庄吉氏が大正4(1915)年国用機械製糸を創業。最盛期には中核的存在となり、下諏訪町を県下随一の国用製糸集団地(66工場)となす。終戦末期統制法下で廃業した。2020-03-06
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