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登録リスト(該当:15件)

管理番号写真タイトル説明登録日
1505野球大会出場前日野球大会出場前日諏訪中学校野球部主催の郡下の野球大会が毎年春秋二季行われ小学生ばかりではなく父兄も町村の人々もその勝敗に根チュウした。諏訪中の校庭に集まるのは全郡下のほとんどの小学校で学校の規模の大小を問わず各1チームを編成して参加した。永い伝統に輝く大会だった。岡谷や川岸の小学校もみな歩いて行った、下諏訪からも往復三里も遠しとせずに応援に出かけた。2020-03-06
1437スケートスケートスイス公使 ポール・リッテル夫妻が下諏訪町の諏訪湖氷上会主催のスケート大会に出席された時の記念写真。この年1月14日には英国代理大使ローザ夫妻も下諏訪に来ている。2020-03-06
1192新短歌の歌人新短歌の歌人新短歌の歌人光本さん。今年新短歌連盟賞を受けた。アララギ王国の諏訪にあって新短歌信濃支部を設立、松本・岡谷に歌会を持ち駆け回っている。鳥取県出身、歌集に「薄氷」「素足」がある。「未来山脈」主催。2020-03-06
1180注連縄作り注連縄作り「下の原注連縄作り講習会」正月をひかえ注連縄つくりの講習会が行われた。ふるさとの民俗を残そうと区の公民館主催でこの催しが毎年続けられている。2020-03-06
1147木村氏木村氏俳誌「夏爐」の発行所。諏訪湖畔四王の里の自宅で来客と話す俳人木村蕪城氏虚子直門の一人。鳥取県の生まれだが縁あって信州に住むことになった。主催する「夏爐」もこの年この月で473号に達した。2020-03-06
1099町立図書館町立図書館「おはなしの広場」主催, 人形劇の会(松本がらくた座)2020-03-06
1077第一回諏訪湖マラソン第一回諏訪湖マラソン湖1周16.7kmのコースで4グループに分かれて行われた。最高記録は伊藤国光選手(招待選手)の52分07秒。主催は諏訪圏健康推進協会。第一回諏訪湖マラソン。平成30年、第30回大会で8000人が参加、日本陸連公式ハーフマラソンコースとなっている。2020-03-06
1037戦没者追悼式戦没者追悼式第44回戦没者追悼式。8月15日は44回目の終戦記念日、町主催の戦没者追悼式で祭壇に白菊を手向ける遺族たち。町の戦没者は日清戦役以来450柱、遺族会員は420人。2020-03-06
633下諏訪学校野球大会優勝下諏訪学校野球大会優勝明治41(1908)年秋、諏訪中学主催野球大会に下諏訪学校が優勝。なおうしろにかざられた優勝旗には明治40(1907)年春も下諏訪学校の名が刻まれている。2020-03-06
234第一区両社詣り第一区両社詣り出征軍人の健康祈願のため区の主催で区民がたびたび諏訪大社の上下両社に歩いてお詣りした。写真は上社石段での記念撮影。 前列中央の男性が「日本第一軍神」の旗を持っている。2020-03-06
178町主催戦死者葬儀(合同葬儀)町主催戦死者葬儀(合同葬儀)たれ幕には「陸軍輜重兵上等兵…」「陸軍砲兵上等兵…」「陸軍工兵伍長…」などの文字が読み取れる。「輜重兵(しちょうへい)」とは軍需品の補給や陸上運送に当たった兵のこと。町主催で行われた戦死者葬儀(4名の合同葬儀)、会場は現在の南小学校講堂。2020-03-06
177町主催戦死者葬儀町主催戦死者葬儀町主催で行われた戦死者葬儀(2名の合同葬儀)、会場は現在の南小学校講堂。たれ幕から「弔故陸軍伍長…」「弔故陸軍上等兵…」の文字が読める。2020-03-06
176町主催戦死者葬儀町主催戦死者葬儀町主催で行われた戦死者(第二次世界大戦・太平洋戦争戦没者)葬儀、会場は現在の南小学校講堂。祭壇には戒名(法名)に並んで「皇后陛下御下賜品」や「参謀総長」「教育総監」「陸軍大臣」「師団長」の文字も見える。また、たれ幕には「迎故陸軍兵長・・・英霊」などの文字も見える。2020-03-06
68諏訪湖一周スケート大会諏訪湖一周スケート大会明治38(1905)年中央線開通とともに在京中の各国大公使が盛んにスケートに来湖するようになった。第1回諏訪湖一周スケート大会の模様を記録した写真、背後に中央線を走る汽車も見える。 明治41(1908)年2月2日、下諏訪町諏訪湖氷辷会主催、南信日日新聞社後援「諏訪湖一周氷辷大会」が諏訪湖高浜湾氷辷場を基点に花岡・上諏訪の三角コースで行われれた。日本初の「スピード競技大会」で、大成功を収めた。この日は東京方面から団体客が乗り込み、東京大新聞記者が多数乗り込んできて、大変な賑わいであった。2020-03-06
50相楽祭相楽祭赤報隊浪士のお祭「相楽祭」。後方の煙突は、昭和6(1931)年開業の昭栄製糸のもの。向かって左側に元町長の高木十吉氏の顔が見える。右に石仏があるが、現在青雲館にある。相楽祭は明治3(1870)年に有志の喜捨百余両で相楽総三らが処刑された地(相楽塚・魁塚)に慰霊の碑をたて式典をしたことがはじまりである。その後友之町有志の運営で祭りを続け一時途切れたこともあったが復活させ、現在は相楽会が主催し毎年4月の第一日曜日に開かれている。2020-03-06
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